研究計画書作成法

慶応義塾大学総合政策学部教授 田島英一

1.大学院生になる意味と研究計画書

 学部生と比較して、大学院生には「知の生産者」としての自覚が求められます。SFCにおいては学部生にも知の生産と発信を求めていますが、それを拒否して「知の消費者」(つまり、講義で提供される知識を吸収し、それによってテストをクリアするだけの受動的人間)に徹したとしても、卒業は可能です。しかしSFCの大学院「政策メディア研究科」においては、「知の消費者」は修士号、博士号を取得することができません。本学において大学院生たろうとする諸君には、まず研究計画書の作成、提出が求められます。この計画書の完成度いかんによって、大学院入試(GAO)の合否も大きく左右されます。なぜなら研究計画書とは、あなたの本学における研究事業に関するいわば「マニフェスト」だからです。我々はこの「マニフェスト」に基づき、あなたが合格させるに値する人物であるかどうかを判断いたします。そして合格したあかつきには、この計画書に則って調査、研究活動を展開し、また教員や他の大学院生の前で定期的に研究報告を行うことになります。研究報告に対しては様々な質疑、提案が行われることでしょう。それをフィードバックしつつ、最終的に論文をまとめるというのが、いわば大学院としての本務になります。決して、講義を聞いてテストに合格すれば卒業できるといったものではありません。

 

2.研究計画書の内容

 研究計画書には以下のような内容が必要になります。

   (1)研究テーマ

   (2)研究の背景と意義

   (3)先行研究と自己の研究の優位点

   (4)方法と暫定的仮説

   (5)研究日程

   (6)参考文献

 

3.小さな事例と大きな問題意識

 事例と問題意識は、テコにおける「支点」と「動かす物体」の関係にたとえられます。例えば、あなたの関心が中国の環境問題、特に河川環境問題にあったとしましょう。これが、大きな問題意識になります。問題意識の大きさは研究の意義にもかかわりますので、原則的には、大きければ大きいほど結構ということになるでしょう。

但し、これほど大きな問題を研究するといったところで、どこから手をつけてよいのかわかりません。それで一部の学生諸君は、論文や本を読み漁り、それをまとめて結論につなげてしまうという安易な方法をとります。しかし、これは研究ではありません。他人の意見の単なる整理に過ぎません。そのような「研究」は、どこかの「偉い」人の演説と変わらないでしょう。

大きな問題を動かすためには、小さな事例という「支点」が必要になってきます。特に修士課程においては2年間しか時間がないわけですから、なるべくコンパクトな「支点」(事例)を探さねばなりません。但しその事例には、大きな問題意識を代表しうるような一定の普遍性、典型性が求められます。そうでないと、「どうしてこの事例を選んだのですか」という質問に遭うことになるでしょう。事例選択の理由を説得的に説明できなければなりません。一番よくない理由づけとしては、「自宅の近所だから」といった説明です。

仮にここで、事例として「怒江におけるダム建設問題」を事例にするとしましょう。なぜなら怒江問題はいまだダムの存在しない中国でも稀有な「処女河」に対するダム建設問題であるという意味で環境保護政策上重大な意義をはらんでおり、しかも勃興しつつある中国の環境NGOが大挙して反対運動を繰り広げた最初の事例であるという意味において、将来の中国における環境保護運動の行方や市民社会の形成を占う上で重要な示唆を含んでいると考えられるからです。

ここまで来れば、(1)と(2)はもう書けます。テーマは「中国における河川環境問題:怒江ダム建設問題を事例にして」。「研究の背景と意義」については、「中国の河川環境問題」という大きな問題意識がなぜこれからの中国にとって大切なのか、そしてこの問題意識を掘り下げてゆく上で「怒江ダム建設」という事例がなぜ有効なのかを説明すればよいわけです。

 

4.先行研究と自己の研究の優位点

 時々先行研究をお手本のことだと勘違いしている学生諸君がいますが、それは違います。先行研究とは、むしろあなたが乗り越えねばならない目標なのです。まず、あなたが研究するテーマ領域において活躍する先輩を探して下さい。例えば、中国の河川環境問題、特に怒江問題について張三という人が『怒江問題与環保団体』(先行研究A)という本を、李四という人が「従環保法制来看的怒江問題」(先行研究B)という論文を書いているとしましょう。Aは、主に地方政府と環境NGOの交渉過程に注目した研究です。Bは、怒江問題を解決する上での法制度の不備に注目しています。ここであなたは、AとBの内容を概観した上で、自分の研究のどこがAやBとは違っていて、AやBに対してどのような優位を主張できるかを説明せねばなりません。

 一例を挙げれば、「本研究においては、法的不備と環境NGOの役割の関係に注目するという意味において、A、Bとは異なる意義を持っている。Aは環境NGOと地方政府の関係性に注目しているが、実はその関係性が法的不備によって規定されている面がある。法制面において、環境NGOにアクターとしての合法性が付与されていない。また、中央政府には地方の環境問題に有効に介入する方途がない。結果として環境NGOは、中央政府の意向を代表する形で非制度的“合法性”を主張しつつ、地方の環境問題に関与することになる。ここから予想される地方政府と環境NGOの行動は、以下のようなものである。地方政府と環境NGOは、それぞれの資源を活用して地域住民の支持を獲得し、自らの“合法性”を強化することで交渉を優位に進めんとするはずである。この過程を検証分析し、将来の中国における環境保護運動の行方や、さらには中間組織を結節点とした市民社会の形成を占う上で示唆を得んとするものである。この点で本論は、単に地方政府と環境NGOの関係性に注目したAや法制度に注目したBとは、大きく異なる」といった説明を行います。

 

5.方法と暫定的仮説

 研究の方法論と、その方法論から現時点で予想される仮説を述べます。仮説とはあくまでも検証の対象であり、証明する目標ではありません。(最初の結論と最後に書き上げた論文の結論が同じなのだとしたら、その研究は99%失敗だと思います。)例えば、米国のCという研究者がNGOの合法性獲得問題について論じているとしましょう。そこでCが用いた分析方法を踏襲するとしましょう。では、あなたの事例をCの方法で分析すると、どのような結論が予想されるでしょうか。それが、暫定的結論になります。

 なお、入学後実際に研究を進めてみると、たいていは暫定的結論が現実によって裏切られることになります。そしてまさにこの点にこそ、研究活動の醍醐味があるのです。事例を方法にインプットするだけで真実が分かってしまうのだとしたら、我々の生きているこの世界は実につまらないと思いませんか。現地でフィールドワークをしてみると、「どうもそんなに簡単な話ではないぞ」という感触を持つはずです。そこに新たな発見があり、その発見を分析することではじめて真実を掘り当てることができるのです。真実を掘り当てた人間は、例えばCが使ったような方法への修正意見を提案することもできます。

 

6.研究日程

 論文を書き上げるまでに行う準備作業を、どのような日程で進めるのかを説明するタイムテーブルです。私が指導する学生には、少なくとも2回のフィールドワークを設定するように勧めています。

 

7.参考文献

 この計画書をまとめるにあたってあなたが参照した、文件の一覧表です。

 

以上をふまえ、魅力的な研究計画書を書き上げて下さい。

 

 

 

 

 

以上

2008年10月22日